| |
| 1996.11.22 NO.60 「海が好き・豚オフで屋台村状態」 |
1996.11.16〜17 三浦半島和田長浜にて 矢木沢倶楽部 参加者 山本、島田、畑尾、北沢、島野、海宝、清水、大貫、そして神谷
主催の「海が好き」ぱふさん(姫野) など |
11:00島野宅から途中スーパーに立ち寄っていざ三浦へ。途中、浦安を過 ぎたところでMAC島田より電話。「群馬の渋沢くんがもう現地に着いているの
で、かまってやって」とのこと。きっと、知らない顔ばかりで不安な思いで寂 しがっているに違いないとオッサンバネツトを急がせるが、風が強く頭上にチ
ヌークとサザンオーロラの2艇を乗っけているので、ヨット状態で車重の軽い 愛車は70Kmが限界。オヤジ島野の名ナビゲーションは一度しか間違わず、
13:00前に到着。うす曇り、そよ風、波15Cm。ちょうど大きな鍋を前 に昼飯中のぱふさん夫婦、タンゴさん、ミッキーさん、かく兵衛さん、アリゲ
ーターさんいろいろな顔。10/12の葉山のミニオフで見知った方々が食べていた のは、私に館山から富津までツーリングを一日でやろうと誘う過激な久保田さ
んの作った豚汁。そのまま、島野さんと一緒にご馳走になってから嫌がる島野 さんを叱咤激励してシーマスターの組み立てをさせてしまう山本であった。
到着してすぐにスーパーベニヤスペシャル渋沢を探すのだが姿は見えない。ど うやらそこらの相模湾見学にソロで出かけていたらしい。
不肖メープル山本はカヤックのフロントデッキに取り付けたセイルのテストに 漕ぎだしたが、如何せん先週の検見川と同じで風の弱さに泣いてしまった。
15:00すぎ波浪注意報北沢一家到着。清水さんも久しぶりにチヌークを乗 せて現われ、大貫ドラエモンもやって来た。大工とカヌーの代理店を兼ねるい
しびきさんが持ってきてくれた豚のプロツク肉をたき火で焼き始める。薪は持 ちよって来たが大工さんの薪は建築廃材、山本山からは杉と松の丸太と出所を
うかがわせる。 17:00頃だったか、電話しながらMAC島田ハイエース登場。たき火の横に いつもの宴会テーブルを開設。九十九島で英語のシャワーをたっぷり浴びたシ
ェフ畑尾は、久しぶりの日本語キャンプに生き生きと鍋作りに励む。 夜は更け行き、豚肉のかたまりは着々と消えて行き、たき火は点々と散らばり
飲み、食い、しゃべる50人。 北沢夫人はダッチオーブンでマフィンに挑戦。ほかほかの熱いところを女性陣 にふるまうが、どう見ても女には見えないオッサンももぐりこんでいたのを知
っているのは私だけだろうか。 さて、賢いシェフはチゲ鍋完成寸前、すなわちキムチ味にばける前の味噌鍋汁 を盛りきりで山本に渡してしまい、味と注文の攻撃を回避。人間は学習しつづ
ける。
せっかくいつもの矢木沢だけじゃない集まりなので、いろんな人の話しを聞く。 伊豆の苦労潮さん(塩島さん)の南伊豆海域の話、
いしびきさんのイギリス紀行、 田山さんのバイダルカの自作話、 私はひたすら九十九島のおいしかった話、 矢木沢倶楽部の説明におわれるMAC島田、
珍しいことに話しが噛み合わない変な奴はいなかった。渋沢くんもベテランお っさんの話しの輪にまじり楽しそうに眼鏡をずり上げていた。
と、いよいよ佳境に入った頃、海宝さんと神谷さん登場。多分みんなそれぞ れに話しに夢中になっているところへの登場だけに出遅れを感じたかもしれな
いが、そこは海宝さんの高笑いでペースはこちらに−−−。
それはそうと、夜の海からやってきたのはカトウカヌーイングスクールの面々。 たしか1ダースくらいの若者たち。挨拶をしたら頭の後ろにケミカルライトを
ぶら下げて、暗い海に消えていく姿は北朝鮮のゲリラか、あるいは龍宮城にき える亀の群れ。ナイトツーリングはやったことないけどムクムクと野望は持ち
上がる。
ところで、翌朝6:00にオシッコと頭痛で目覚めた山本は、どうも前夜の後 半部の記憶が欠落しており復旧の見込みはない。
必死の排尿後にふるまわれたミルク紅茶は旨かったなー。田山さんに感謝。 田山さんは安房郡丸山町に住む自作カヤッカー。今回持参のバイダルカは4艇
目。 その前につくったのベニヤ製タンデム艇も速そう。だもんで、結局は渋沢君と あれこれ話が合ってビーフシチューご馳走になり、山本はまた、お返しにホッ
トケーキとやっていると久保田さん、苦労潮さん、ぱふさんと起きてきて自作 艇の話。
山本は矢木沢コーナーに取って返して、またホットケーキつくり。他に芸はな いのかメープルオヤジの道を完走するのだった。ホットサンドつくりに励む北
沢夫人はホットケーキの品切れを知るや、息子たちの皿から没収したちまち食 したのであった。正しい大人の姿であった。
朝食後は多少風も出てきたので心うきうきセールのテストに出艇。すると苦労 潮さん、ぱふさん、 GALEさん、おおむね還暦カヤッカーの白州さんなども出て
きて南へまわりこむときれいな入り江にキャンプが見える。昨夜のゲリラもとい カトーさんたちだ。遅い朝食中のみなさんにちょっと挨拶。酒ビンを数えて見る
となかなかの消費量。わしらと何も変わらんことを発見し安心したのは私とぱふ さんだった。 この帰りは追風が多少南に片寄っていたが岸に向かってセイルのテスト。操作法
を把握できたおかげで何とか成功。沈がこわかったので早めに切り上げた。午後 帰る前にもう少し風が強くなってから再度挑戦の予定だったが。昼前から富士山
が姿を見せ始め白州さんが言うように西風が強まり、結局は砂嵐の中で撤収する 始末であった。
日曜日にやってきた人は気の毒ではあったが結局出艇できないままの人もかなり いたのが、かわいそうでありましたが、初島横断の時にこの大西風を食らいたく
ないなというのがこのオジサンの素直な気持ち。この西風については苦労潮さん のデータの集積を「海好き」でUPしてもらえるので今後活用させていただくこ
とにしている。
砂嵐の中を帰途についた山本は島野さんのオシッコで出遅れた15分を近道で挽 回。みんなの車列に合流。和田長浜のことは私に聞きなさいと胸をはるメープル
オジサンであった。 途中、斎藤労災病院の林さんに報告をして帰宅。砂と潮を流し落として風呂に入 って、ビールを飲んでいるとこの一日で何本飲んだのか数え始めた。
まあ、いいか。
飲んで、食って、笑って、漕いで沈脱再乗艇専門家を目指すサーフィンオヤジ であった。
Written by 山本良樹
|
| ↑会報TOP ↑TOP |