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事件の顛末をお話ししましょう。
5月17日の土曜日の夜、女房から「明日は谷津のバラ園に連れて行け」と要求され、私が渋って「海に行きたいな」というと次男の鉄平が「ボクと一緒に夫婦で海に行けば」と言ったのです。
鉄平にしてみれば「ボディーボードのワールドチャンピオン・シリーズ」が東浪見(とらみ)で行われておりそれを見たさのことでした。女房にしてみればハイティーンの息子と一緒に行くほうが良いので、さっそく採用意見となったのでした。
というわけで、5/18の早朝6:30親子3人は出発。東浪見到着は8時頃。因に東浪見とは以前、何度かお世話になった一宮の南、岬町の前沢別荘のちょっと北です。
試合会場の浜から駐車場が離れていたため、小さな川の北が北側に車を入れられることを聞いて、止めてある車を見ると普通の乗用車が結構あったので自分も駐車場から車を移動させたのが大きな間違いでした。
浜に車を入れてしばらく走ると見事スタック。しばらくもがいてより深く埋り後輪のデフまで埋ったため流木とジャッキアップで1mだけ前進してデフと砂とのクリアランスをとって、牽引してもらう体制を整えて一息ついたのが10:30。
前方に当てにできるパジェロが止まっているのを見ながら、林さん宅に電話をする。
息子の鉄平は試合観戦と合間にちょっと波遊びのボディーボード。初めて見たがまあまあスイスイと波に乗っておる。ライセンスは中級を取ったとのこと。
空腹でスパゲッティをゆでる用意を始めたところでパジェロが通りかかり、牽引をお願いしたら、快く応えていただき用意していたワイヤーを使って牽引にとりかかる。ちょうど通りかかった青年二人も後押しを手伝ってくれたが、おっさんバネットの牽引フックは右側でパジェロの牽引フックは左側という具合で、ワイヤーは対角線のまま直進したが、いわゆるフェリーグライ
ド状態となり私のバネットはどんどん進行方向の右側にズレていった。そして約3m下の渚に落ちる寸前の斜めになって停車。
パジェロの青年には誠に申し訳がないが、どうも牽引の知識が薄いのでここまででお礼を言って別れた。全く情けないことに名前を聞きそびれてしまい女房にしかられて私はシュンとなる。どうも雑誌「ボディーボード」の取材の車だったようなので、編集部に礼状を書くことにする。この時12:50だった。
その後は2〜3人の方から牽引の申し出があったが、斜めの車の救出の知識がないようなので丁寧にお断りしていると、林さんより携帯に電話。状況を簡単に説明したら「すぐに向かいます」との頼もしいお言葉。
また、トラックのおじさんから協力の申し出があったが、詳細の状況を下見してアキラメて帰って行った。
因に、現場はサーフポイントでサーファーの車はかなり多く、じっと見て通る奴や、悲しそうに見て通る人や、どうにかできないかなと覗いて下さる方、いろいろでした。
あんまり空腹なので5〜8mの風の中で飛び交う砂と戦いながらも、嵐の矢木沢を思いながらスパゲッティを作って食ったあとは精神的にも多少の落ち着きを取り戻し、戦い疲れた中年夫婦は椅子にすわって水平線と砕ける波を眺めながら交す夫婦の会話は「フーッ」「アーッ」と実に哲学的な会話だけが続いていた。
「もしも、林さんがダメだったらJAFを呼ぼう」と電話番号案内にかける携帯からは104は繋がりません。そこでまた林さんの奥様に電話して、
JAFの電話番号を調べてもらう。
そして、そして、あー遂に3時頃、携帯に林さんより「一宮の駅の近く」と電話。そして5分後、白いランクルが威風堂々とやって来た。
「騎兵隊の到着だ」と喜ぶ亭主。
到着して林さんの第一声は「どうしちゃったんですか」と笑い声だったが、詳細に状況が把握できるに従って、声は冷静になり「合図は2回がスタート1回がブレーキです」「一発で引き上げます」「ハンドルはニュートラルにしておいて」など慎重な行動に変化していった。
ちょうど通りかかったのが先ほど後押しをしてくれた青年二人が見る中で、ランクル4200CCのパワーで傾斜面からの脱出はできたが、さすがのランクルもデフが焼き付く臭い。ここで車を轍にそってまっすぐにするため、
人力でおすことになったが柔らかい砂はそれを拒否。
エーイ新車に買い換えだとばかりにもう一度ランクルで引っぱり、進行方向に合わせた。
次に、バネットはバックの姿勢のままにランクルで100mほどの固い路面のところまで牽引することになったのだが、やはりバネットの牽引フックが右側でランクルのフックはセンターなので、先ほどのパジェロと同様にフェリークライド状態に入り始めたので、すぐに停車して後輪の車軸にワイヤーを掛けようとしていると、林さんが「これは?」指差したのは左側の牽引フ
ックじゃないか。
何てことだ!バネットには後ろには左右に牽引フックがあったのです。
早速左右にワイヤーを掛けて引っぱって多少固い路面のところまで脱出成功した。時に3:50であった。その後、車重の軽量化のために降ろしていた荷物を積み込み、出発するまで「大丈夫かな」と見守る”JAFハヤシ”の後姿は男の仕事を成し遂げた自信と誇りに包まれていたのだった。
一宮の海岸へのアクセス方法は山本とJAFハヤシにお問い合わせ下さい。
また、スタックの危険度の判断は山本にお問い合わせ下さい。
ついでに牽引する際の注意事項はJAFハヤシへ、
される際の点は山本に、
知恵を一つ、パドルは砂堀りには使えます。
レポートはご存じY3000の蟻地獄山本さんでした(^-^)
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